地球は監獄、人類は囚人 (前編)

おすすめ語録

最近になって、よく耳にする言葉です。

私たちが住むこの星は、天の川銀河に住む問題児(地球に限らず広く銀河系全体の問題児)を島流にする環境だと言うのです。妙に納得感のある話です。

「人生は一度だけだから・・・」という考え方も次第にピントはずれになりつつあるようです。一度で済むなら、もっと簡単な世の中になるはずです。地球上の宇宙生命であることは、そんなに容易ではないようです。

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人の生涯というのは一過性ではなく、どの人物(以後「霊格」)も数限りない刑務に繰り返し服役しているという認識が一般的になりつつあります。これが真実なら「一度だけ」などという甘い考えは捨てるべきでしょう。最近世界で紹介されている「スピリチュアル・インテリジェンス」と言う潮流はここに原点があるようです。

現代社会における人類は、大まかに2種類に区分できます。ひとつは、監獄や囚人といった暗い境遇に対して拒否反応を示すグループ。とりわけ「死ぬこと」に対して恐怖感を持っている人々。もうひとつは、現実をポジティブに受け入れているグループ。つまり、「スピリチュアル・インテリジェンス」に肯定的な人類です。彼らは地球上の全ての霊格の本質的な解放と肉体の死に対する誤解を解くことを旨として生きています。

人間が肉体の死を持って、残酷な現実社会から解放され、苦しみや苦悩と無縁の高次元世界に解き放たれる。つまり、我々は監獄からの無罪放免の機会を得ようとして生きていると言う考え方です。

2025年に地震や水害で日本が地理的に崩壊するとしても、所詮それはこの監獄の中で久しぶりに厳しい刑罰を受けただけの話です。富士山に異変が起きて日本人が災害を受けるのも刑務の一つと言うわけです。この時に命を落としても、それは、あくまでこの地球上での生活の終わりでしかありません。宇宙生命である私たち一人一人は、地球での肉体の死を経て、そして地球という「牢獄」から放免されるのです。

この星の全ての霊格は、予定された贖罪を経て徐々に昇華してゆくのであり、永遠にこの現実にとらわれる霊格は存在しません。全ての生命はは与えられた刑期を終えて次の段階に進むのです。

途中で投げ出すのは大変な愚行です。むしろこの地球という監獄での刑務を充実させて、有意義に刑期を終えることこそ、やがて円満に放免されるための道なのではないでしょうか。

今、「放免」という言葉に触れました。我々人類は、やがてこの星「地球」という監獄から「釈放」されるのです。

新生児の幸福、生涯の不幸

地球に生まれた子供は幼いうちは、この場所での苦しみを知らず、さらに、自らの物理的人生に終わりが来るという残酷な事実も知りません。

生まれて間もない赤子は、自分が監獄にいるなどということは知らないし、肉体に死が訪れるという現実も知らない。煩悩を知る前の、幼い時の子供の毎日の生活を考えると、この星に生まれた幼い子供たちこそ、紛れもなく、この宇宙において最も幸せな存在ではないかと思うのです。この子達には悩みも不安も無いのです。この子らが徐々に育って、何の憂いもなく、若い日々を楽しむ姿は、人間が全ての煩悩や苦しみから解放された状態を垣間見せてくれています。

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一方、人間の霊格が、地球に生まれ出る瞬間に前世の記憶や宇宙生命の知識を剥奪され、動物の生存本能にも劣るような無知・無力な状態さらされるのは、最も残酷な刑罰と言えます。過去にどんな愚行を犯したのでしょうか?人間は放っておけば死んでしまう状態で生まれてくるのです。

監獄の苦しみは思春期から始まるのですが、それまでの子供の生き様は、この宇宙全体でも稀に見る幸福な状態にあります。そのことを我々は知らないでいるのです。

そして、ついに世の中の残酷な現実に目覚め、やがては肉体の「死」という恐るべき現実に直面するとき、人間は恐れ慄くのです。その時、私たちには人間の肉体や頭脳が「仮の宿」でしかないということを知らず、むしろ自分の頭脳や体が自分そのものだと思い込んでしまっています。これが地球という監獄の最も本質的な部分です。

カントが示した「時間と空間」のフレームワークにとらわれた人間の人生。ここでは、自分の肉体と頭脳だけが自分の存在の証です。このことが基盤となって生涯の苦しみが始まるわけです。

この苦しが刑務なのです。

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人間思考を管理できる人とできない人の違い

21世紀になり、我々人類は遅ればせながら「スピリチュアル・インテリジェンス」に目覚め始めています。この惑星で生きることの新たな知識に目覚めた人々はどんな特徴をもっているでしょうか?

目覚めた人々は、自分の肉体の一部である「頭脳」の本質を見抜いています。彼らは、頭脳が地上での道具でしかなく、頭脳そのものを正しく管理しないと自分の人生が狂ってしまうことを知っています。

自分の頭脳を正しく管理することを、便宜上、セルフ・マインド・マネジメント(SMM)と呼びましょう。この記事だけの略語としてSMMとしてお話しします。

SMMができる人と、それができない人の間には大きな隔たりがあります。これは、非常に大きな隔たりであり、宇宙生命として種別が異なるといっても過言ではありません。

SMMができる人々は、自分の頭脳の仕事である「思考」について、うまく管理しないと自分の生活に悪影響を及ぼすという警戒感を持っています。そして、自分の思考や思考から湧き出る「感情」に振り回されません。彼らは苛立ったり、感情的になっている自分を常に客観視できているのです。

SMMの根本は、「本来の自分は、頭脳や思考を超えたところにある」という認識です。これをハイヤー・セルフと呼んでいます。この、ハイヤーセルフから眺めた自分の頭脳の所作である思考、雑念、煩悩は全て「自分ではない」という事実に目覚めているのです。そして、「スピリチュアル・インテリジェンス」の次元ではこのSMMそのものは宗教や神といった概念と混同することなく、とてもシンプルな事実として捉えています。

こういった人々に対して、いまだに自分の肉体や頭脳に翻弄されている人々がいます。彼らは、自らの頭脳や思考を「管理」できるという事実を知らないために、本来は自分ではない頭脳や思考や感情に乱暴に振り回されて、それをどうすることもできないでいます。

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SMMに目覚めた人々は、思考・雑念・煩悩を総称して「インナー・チャイルド」と呼びます。ある人は「ペイン・ボディー」(日本語では「痛み体質」といったところ)、あるいは「痛みむし(虫)」と呼んでいます。

時間と空間の概念やフレームワークは、肉体である頭脳や思考が活動する前提となっています。これがカントのいう人間の理性の本質です。我々人間が「道具」として使っている肉体や頭脳は、この「時間と空間」をもとに機能していますから、時間と空間の無い世界を扱うことができないのです。

言い換えれば、人間の肉体と頭脳は、地球という環境で人間を生かしている「生命維持装置」です。本来私たちは、この維持装置を「使う」立場にあり、振り回される立場ではありません。

つづく

本編のアイキャッチ画像や写真は全て素材サイト envato elements のイメージ写真です。 all photo by envato elements. all rights reserved.

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