論説 新しい生き方の極意3

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これは伝承である。

ひとたび、この伝承を理解すれば、人の「生き方」に関する、あらゆる種類の問題解決の糸口が見つかる。個人的にも「生きやすい」人生を実感できるようになる。宗教色はないし、特殊なイデオロギーも含まれない。教育機関では教えていないのだが、この伝承は、人間としてごく自然な生き方の知識と修練なのである。

前回の論説はこちら

この伝承手記も3回目となった。

いよいよ、3つ目の疑問について話を進めさせていただく。

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最後の疑問

疑問を持ったのは、これまで説明してきた、トレのWTT訓練法に取り組み始めてから数年が経過した頃のことである。

たしかに、良からぬ妄想や、無駄な思案の繰り返しを捉えて、そのスイッチを切る習慣が身についてきた。何かに集中して取り組んでいる場面を除けば、頭の中のガラクタに振り回される時間が激減したのだ。

どうやら、人間が何かに集中している時、その配下の「人間脳」は主人の意図どおりに働いていて、余計な風呂敷(雑念)を広げたりしないようだ。そして、ストレス解消の時間も、主人である本人が楽しく過ごしていれば、人間脳が余計な雑念で入り込んでくる余地は無い。

かくして、筆者は、いわゆる Pain Body(痛み虫)を一掃する上で最後の障壁(ラスボス)と対峙することとなった。それが、今回の話の主題である。

疑問を持つきっかけになったのは何かというと・・・

そもそも、「人間脳が誤動作も暴走もしていない状態」とは、何を基準に自己診断すれば良いのか?イラついたり、悩んだりしていなければ全て正常と言えるのだろうか?

実は、WTTを実践して雑念を振り払って生きていても、やはり、月々のローンや光熱費の支払いや、納期が迫っている書類の提出や、仕事場と家庭で拗れたままの人間関係など、悩みは尽きないのだ。

どうも、ただWTT訓練を続けるだけでは、日々の悩み事や、憂鬱な想いが劇的に解消するという効果は望めないようだ。トレのいう PB(痛み虫)は、以前として筆者の脳裏に寄生したままだった。

果たして、自分が考えている思考活動で「無用」だったり「害悪」である思考活動と、そうでなく正常な思考活動との区別はできているのだろうか? 自分が正常と思っている考えが、痛み虫の大好物の餌になってはいないだろうか?

おそらく、自分が意識して駆逐しなければならない思考(つまり痛み虫の餌や栄養源)と、そうではないものとの区別がつかないから、WTTによる脳管理の本当の効果が現れていないのだ。

しかし、年柄年中WTTで頭の考えを、傍観・無視してしまうと、人間は文字通り「腑抜け」のような状態になってしまう。もとより、トレも、24時間連続してWTTを実践せよとは教えていない。師は「油断するな」と教えているのだ。

則ち、普段から自分が大人しく考えている内容が全て安全で健全だとは言えない、という事実に「気づきなさい」というのがトレのメッセージなのである。

写真はイメージです。 image photo by envato elements (all rights reserved)

我々が言う「平常心」の中にも、招かれざる思考脳の自己主張や、良からぬ雑念が潜んでいるというわけだ。そうでなければ、「痛み虫」が蔓延(はびこ)って毎日の悩みがこれほどしつこく付きまとうはずは無いのである。

これは重大な問題である。せっかくWTT法で訓練しても、痛み虫は一掃できないのだ。

一体何に対して「油断」してはならないというのか?どこに基準があるのか?何か見つけにくい障害があるのか?

この疑問に明確に答えているのが、トレの書であり、世界の多くの信奉者が現代のバイブルとして高く評価している Power of Now なのである。この書の中盤から後半にかけて、トレは人間脳が生み出す現代思考の中に潜伏する危険因子と、その見極めをきっちりと説明しているのだ。

その内容は、正に画期的であり、合理的なものだが、おそらくは日本の義務教育でも、高等教育でも、はっきりと教えていないようなのである。

「時計時間」と「心理時間」

我々が思い悩む時、頭の中に出てくる悩みには、ほぼ100%時間軸(過去・現在・未来)が含まれている。

例えば、我々人類は、過去に遭遇した耐えざる苦しみが、近い将来に再び自分を襲ってくる可能性を考えて恐怖する。

若い会社員が月曜に仕事につくことを憂鬱に感じるのは、先週までの仕事(過去)がどんなに嫌だったかを知っている人間脳が、「次の月曜から同じ苦しみ(未来)が始まるぞ!考えて行動しないとひどいことになるぞ」というアラートを出す。

受験を控えている学生は、目標の大学入試(未来)に不合格になり、その後の人生(未来)が暗雲に包まれることを頭の中にイメージして思い悩む。

仕事から帰宅する男が、帰宅した後(未来)に、嫁さんから、(過去何度も経験したように)ガミガミと文句を言われること(未来)を思い悩む。

以前、上司や友人や恋人から酷評された自分の容姿や言動や行動(全て過去)についての蟠(わだかま)りが、いつまでも頭から離れない。

トレ曰く、現代人は、時間を軸にものごとを考えて判断することに没頭するあまり、その習慣が自分の首をしめて苦しめている事実に気づかないのだ。

人間が、過去や未来を想い描き、思い出し、それが人間の悩みや怒りや悲しみを産んでいる場合、トレはこれらの過去や未来を総称して「心理時間」と呼んでいる。

ネガティブな感情ではなく、本質的に過去の反省から未来を効率的に計画して予測しているような場合は、健全であり、トレはこの場合に引き合いに出される過去と未来を「時計時間」と呼んでいる。

以下は Power of Now からの引用である。

人間脳に振り回された思考活動からの解放について・・・

思考機能と「心理時間」はふたつ揃ってセットで活動しますから、「心理時間」を取り除けば思考脳による(主従逆転の)支配を止めることが出来ます。そして、必要な時にだけ時間(時計時間)と向き合えばよいのです。

思考活動が自分であるという(デカルト的な)自己識別で生きる私たちは「心理時間」と言う罠(わな)に捕えられてしまっています。つまり「記憶と期待」にほぼ独占された生活を強いられているのです。

私たちは日常の全てを「過去と未来」で埋め尽くして生きています。「今、このとき」を受け入れたり、本質的な現実を直視することには消極的になってしまっているのです。

何故、そういった生活になるのか考えてみましょう。

まず人は「過去」を白紙にして、(他人と異なる)自分を識別することができません。そして、「未来」には(さまざまな痛みや感情の)何らかの解決や救い(の可能性)が約束されていますから、これも手放せません。

ところが、そういった過去も未来も結局は幻想でしか有りません。ここに問題が起きるわけです。

読者の反論「この世界で時間の感覚無しに生活する人間が何の役に立つのでしょうか? 目的も何も無いじゃないですか。今の自分だって過去の積み上げに他ならないです。でなければ(記憶喪失者のように)自分を知らない自分になってしまう。時間は貴重ですよ。棄てるのでなく賢く使うべきです。」

私の答えを言えば、時間は決して価値のある概念ではありません。単なる幻想です。皆さんが価値だと思っているのは時間の概念を超えた次元に有ります。それが「今」です。「今」には大変な価値があります。しかし、私たちが過去や未来(という幻想的な概念)に捕らわれれば捕らわれるだけ、目の前に有る「今」の価値が遠のくのです。

何故、それ程の価値が「今・現在」に有るのでしょうか? 

その答えは、何よりもまず、「今」の他に何も実在しないからです。「有る」のは「今」だけで、他は「無い」からです。「永遠に存在する現在」だけが人間の命の源であり、それだけが常にブレの無い真実だからです。「生きること」や「生命」というのは「今」そのものなのです。

私たちの生涯に於いて「今」で無い時間が有ったでしょうか?これからも「今」の無い人生は有りはしません。

「今」の価値が高い理由はもうひとつ、それは「今、この時」だけが人を(人間脳による主従逆転の)思考支配から開放するということです。「今この時」は思考の呪縛から抜け出るポータルなのです。

出典:Power of Now、第三章、20番目〜21番目のQ&Aより(文中のカッコ内にある追加の国や文節は筆者「無禄」による補足)
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この説明の中で、トレが力説しているポイントは、

時間というのはひとつの概念であり、その概念は基本的に幻想であるということ。そして「今」は概念ではなく、ブレの無い真実・実在であり、幻想ではない本質であるということ。

になる。

上記と少し矛盾するようだが、トレは Power of Now の別の章において、人間が効率よく生活する上で、きちんとスケジュールを意識した計画を建てたり、過去の反省点を生かして次回の活動を改善するための記録を参照することは、全て「時計時間」の活用として有効であり、価値のある行動だとしている。

つまり、問題なのは人間脳の思考の誤動作や暴走行為とセットになっている「心理時間」としての過去と未来なのだ。

このことの整理のしかたを納得したなら、WTT訓練において次のような変化が起きる

・心理時間の過去や未来に囚われた思考活動は、人間脳が自己主張をするための道具であり、痛み虫の餌になる内容を増やすだけなので、WTT法で客観して消滅させる

・健全な時間管理の中で過去を参照して将来を計画する作業は、繰り返し検討して改善していく姿勢を変えない

このことは、大きな変化である。つまりは

  • 過去、他人から言われた誹謗中傷やネガティブなコメントは忘れてよい
  • 将来失敗するかもしれないことの恐怖は思考脳による幻想
  • 大学入試に敗れる恐怖は幻想。排除して、より価値のある行動に時間を使う
  • 月曜の出社前の憂鬱は幻想。排除して、仕事を楽しむための工夫を考える
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人間脳が主人である人間を振り回さないように、うまく思考活動を管理するためには、心理時間と思われる思考活動を徹底的にWTTで排除しながら、より有効な思考活動を優先すれば良いわけである。

人間脳としては、自らが常に活用されていれば、素直に主人の意向に従って、余分な心理時間には関わらなくなる。すると、寄生している「痛み虫」は、活力を失い、消えていくのだ。

これが、トレが言う「油断するな」の意図だったのだ。

最後まで参照いただき、ありがとうございます。

次回以降は、WTTと「今」の生き方についてもう少し具体的に深堀りします。

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